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パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

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あかいセミ




ぼくはいつも利用している文房具屋で、

店のおばちゃんが電話をしている隙に赤い消しゴムをポケットへ入れた。

足が振るえ、おばちゃんの顔が見られなかった。

家に帰り欲しくもなかった消しゴムを見ていると怖くなり、

プールへ行く約束をしていた妹に意地悪をした。

友人と蝉取りへ行っても嫌な気持ちは消えず、

捕まえたセミの羽をむしった。

家にいると妹の楽しそうな様子に羨ましくなり、

消しゴムを返したくなったけど、

恥ずかしいし怖いので返せない。

その晩見た夢のなかで、文房具屋のおばちゃんにポケットを探られ、

おばちゃんが掴みだしたのは羽の無い赤い蝉だった。

赤い消しゴムを盗んでから妹との約束を破り、

蝉の羽をむしり、ぼくはどんどん悪い人間になってゆく。

思い切ってお母さんに打ち明けると、

ぼくをギュッと抱きしめてくれ、文房具屋へ一緒にいってくれた。

おばちゃんは一瞬怒ったけどすぐに笑って、

もうしないよねと指きりを求めてきた。

おばちゃんの指は太くて柔らかかった。





まるで大人向けの文学作品のような、

「ぼく」の心に迫る、胸に堪える素晴らしい絵本です。

私も子供の頃は悪さを日常的にしていたので、

ぼくの気持ちはよく解ります。

悪いとは解っていても、やってみたくなる年頃ってあるのでしょうか。

私は子供の時、近所にある保育園の隣の神社でよく遊んでいました。

爆竹やロケット花火を投げ合ったり、縁の下に入ってアリジゴクをほじくったり、

小さな頃からそこは友人たちとの遊び場でした。

八歳ぐらいの時、年上のやんちゃな友人と同じ歳の友人と私の三人で、

その神社の賽銭を盗んだ事がありました。

年上の友人の提案で賽銭箱からお金を盗ってお菓子でも買おうということになり、

神様の懐から金を盗む罪悪感はありましたが、

甘いものの誘惑には勝てずに三人で力を合わせて

跳び箱ほどの大きさの賽銭箱を転がしました。

中からは硬貨が山のように出てきて私達は色めきたちましたが、

殆どが五円か十円玉で、計算してみると千二百円位にしかなりませんでした。

でもそれだけあれば充分にお菓子が手に入るので、

私たちは農協のお菓子売り場へ急ぎました。

しかし三人ともやっぱり悪い事をしている気分の悪さがあったからか、

三人合計して七百円くらいしかお菓子を選ぶことが出来ず、

私たちはお金を余らせたまま、罪悪感に曇った舌で

味のよく解らないお菓子を頬張っていたのです。

余った五百円ほどの硬貨はいつか又三人で使おうと、

保育園にあるタイヤの遊具の下へ土を掘って埋めました。

その後、神社の賽銭箱には太い鎖が巻きつけられて、

もう転がす事が出来ないように鉄の杭で固定されていた風景が

幼かった私の心にも悲しく映りました。

神社という神聖な尊い場所に、

あんなに無骨で醜い鉄の猜疑心を植えつけたのが私だと思うと、

自らの犯した行為の重大さに気がつき、

その後大人になっても賽銭箱が目に入るたびに後悔の念に駆られたものです。

月日が経って長男が保育園に通うようになり、昨年長男に、

タイヤの遊具の下にパパが神社から盗んだお金が埋まっているから

お外遊びの時間にそこを掘ってお金を取り出してみな、と勧めました。

でも長男が、お金なんか無かったよと言うので、

私の過去の悪事を自分の手で見届けようと思い立ち、

休日に二人で無人の保育園に行き掘り返すことにしました。

長男はすぐに飽きて違う事をして遊んでいましたが、

私は無心に土を掘り続け、その深さは五十センチはあったでしょうか。

さすがにそれだけ掘っても何も出てこないので

長男には間違いを詫びて諦めて埋め戻しました。

あの時一緒にいた二人のうちどちらかが裏切って金を独り占めにしたのか、

それとも三十年近く経って銅の硬貨は土に還ったのか、

今となっては私の悪事の欠片が何処へ消えたのかは、

神のみぞ知るというところでしょう。





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  1. 2010/02/09(火) 23:20:04|
  2. 絵本
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

「あかいセミ」のぼくは赤い消しゴムを盗んだ後、どれほど後悔の念に苛まれ苦し
んだことでしょう。

すかいどんさんも幼少のころに経験したように多かれ少なかれ似たような経験は
誰の胸のうちにもあることでしょう。
つい、出来心で行ってしまったことがずっと心のなかを支配して苦しんでしまう
ものです。
この「ぼく」は思い切ってお母さんに打ち明けて、それをお母さんや文房具屋のお
ばあさんの対応によって救われていますね。
こういった大人の対応がとても大切ですね。
そのときの大人の対応が、その子の後の人生に大きな影響を残すといっても決し
て大げさではないでしょう。
私も考えさせられる機会をあたえていただきました。ありがとうございます。
「あかいセミ」ぜひ読んでみたいと思います。
  1. 2010/02/12(金) 22:38:24 |
  2. URL |
  3. s. river side #-
  4. [ 編集 ]

s. river sideさんへ

やっぱりみなさんも悪い事をして心の葛藤を経験して
大人になってきたのですね。
私もこういう悪い事をしてきたからこそ
今の自分に成長できたのではないかと思っています。
子供のころから悪いこともせず、ずっといい子で育っては
柔軟性のない人間になっていたんじゃないかと思うのです。
悪い事、恥ずかしい事、悲しい事、
こういった出来事を通過する度に
人は磨かれてゆくのではないでしょうか。
大人が愛情を持って接していれば、
子供は投げやりになったり挫けたりせずに
どんな出来事も乗り越えられる能力を持っていると
私は信じています。
「あかいせみ」はシリアスな内容ですが、
長男は意外に面白がって喜んでいました。
興味を持っていただいてありがとうございます。
  1. 2010/02/12(金) 22:56:33 |
  2. URL |
  3. すかいどん #-
  4. [ 編集 ]

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