パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

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虫なく夜

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この夏、我が家にお越しいただいたお客様を

すべて山へお返ししました。

昨年から冬越ししながら滞在しているコクワガタを除いて、

カブトムシやクワガタを山深くのコナラに託してきたのです。

毎年夏が終わりに近づくと、

このまま虫たちを我が家に引き止めていて良いのだろうか、

と煩悶してしまいます。

勝手に捕らえてきたのだから、

最期まで責任を持ってお世話する。

そう考えていたので、

昨年までは正月越えるまで生きながらえさせた個体もあります。

しかし、秋口から一匹、又一匹と、

飼育箱の中に動かなくなっている虫を見つける度に

胸が痛むのです。

こいつは人生に満足していたのだろうか、

本当は、梢から梢へと渡り歩いて

居並ぶライバルとしのぎを削り、

何匹もの雌を手中に収めたかったのではないか。

それが運悪く私の目にとまったばかりに、

狭い箱に押し込められ、

したくもない喧嘩を強いられ、

雌の顔を拝む事すらできないまま

寒さに斃れてしまったのではないか。

だから出来るだけのことはしてきたのです。


蜜のさした美味しいリンゴを食べさせて、

夜は防寒に私のジャージを飼育箱に巻き付け、

時々は話しかけてご機嫌を伺ったりしました。

でも、どうしても夏の象徴としての運命に逆らえないようで、

厳冬の時期に力尽きてしまいます。

確かにカブトムシとしては長生きしたでしょう。

紅白を見て雪遊びもしたカブトムシなんてそうはいない、

だから幸せな一生だった、そう思いたいです。

でもやはり、カブトムシとして正しい生き方をしていないのですから、

そこには疑問が付き纏います。

私は彼等を虐げていたのではないかと心が苛まれるのです。

だから今年は方針を変えました。

虫相撲に出場させるような大きな個体しか我が家に連れてこない、

同じ種でより大きな個体をみつけたら、

それまでいたものを入れ替えに手放す、と。

そうは考えていても、ついつい子供や妻が捕まえたクワガタは

長逗留させてしまいましたが、

今回それらも全て山へお返しして、

短い時間ですが彼等に生を謳歌してもらうことにしました。

長男は嗚咽しました。

解放したはずのミヤマクワガタが、

長男の足元に歩いてきて彼を見上げているのです。

家に帰りたいんじゃないか、これだけでも連れて帰ろうよ、

そう長男は私に訴えました。

実は私もそんな気になっていたので、

そうしようかと心が揺れたのです。

でも、例外を作っては他の虫たちに顔向けができません。

だから長男の提案を、唇を噛んで黙殺しました。

ミヤマクワガタは暫らく長男の足元を徘徊していましたが、

やがて小雨が打つ草むらへ消えて行きました。

長男に釣られて、私の視界に晩夏の緑が滲みました。

夜、家人が寝静まっても、

いつも聞こえる、箱に突撃する音や羽音がしません。

もう虫のお世話に時間を取られることもありません。

物理的にも精神的にも昆虫とは距離を置いたので、

これからは自分の作業に没頭する筈だったのですが、

彼等がいないと、どうにも静かすぎて落ち着きません。

家の外では、コオロギやキリギリスなどが盛んに鳴いていますが、

それは私には余所余所しい音にしか聞こえないのです。

私が任意に注目し、

肌でその重さ堅さ痛さを味わった昆虫たちだからこそ、

あんな雑音でも恋しく思われるのでしょう。

脳裡に浮かぶのは、

彼等がどんな夜を過ごしているかばかりです。

冷たい雨に打たれてはいまいか、

鳥に捕食されてはいないか、

樹液の味で満足できているか、

美しい雌との邂逅に成功したかどうか。

しかし、私にできることと言えば、

例え一日でも、

彼等がその虫の在り方に沿って、

雷光のような生を全うするよう祈るだけ。

昆虫が好きになったことを少しだけ後悔する夜です。









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  1. 2011/08/29(月) 00:02:55|
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