パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

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土の記憶

車で十分程行ったところにある母の畑へ

長男と二人で母の農作業を手伝いをしにいきました。

手伝いとはいっても、母の畑で取れた野菜は私の家庭の

食卓に毎日並ぶものですから、

自分の食べ物を生産しに行ったも同然なのですが・・・。

その畑は25年も前に亡くなった祖父から

母が相続した畑です。

祖父が存命している時には沢山の畑や田んぼを耕作していて、

母の実家は農業を営んでいました。

農繁期には祖父の農作業のお手伝いに駆り出されていたお陰で

私は子供の頃に畑の耕し方や

田植え、稲刈り、餅つき、刃物の研ぎ方など

いろんな経験を積むことが出来ました。

祖父の家の倉庫には面白い形をした昔の農具や

そのほかにも訳の分からない品物が沢山あり、

小さな男の子だった私にはまるで宝の山でした。

倉庫の中に祖父が戦場で使用した水筒があり、

その飴色に変色した金属の水筒の武骨さや、

見た事もない南の国で祖父の渇きを潤していたという

非日常な世界を潜り抜けてきた付加価値が

とても私の心を惹きつけていました。

学校の遠足の時にそれを持っていきたいと

母に散々だだをこねたのですが

結局却下されて涙をのみました。

祖父が亡くなると、

道路拡張工事のためにその家は取り壊され、

私の宝たちも何処かへ散逸して

いまでは私の記憶の中でしか御目に掛かる事ができません。

田んぼや畑も徐々に切り売りして、

現在では母とその兄弟の所有をあわせても

作物を自家消費する程度の農地しか残っていないので、

お手伝いは昔と比べて随分楽になりました。

今思い出すと、黙々と手早く農作業をしている祖父は、

誇りと自信を持って仕事をしている男の姿を示していて、

無愛想だったけどたまに優しかった祖父が

私の生き方に少なからず影響を与えているかもしれません。

この広くも無い畑で、私もなんとか祖父のような姿を

息子に示す事ができるように奮闘してみるつもりです。



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  1. 2010/02/27(土) 22:42:17|
  2. 人間ライフ
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