パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

文化祭慕情

仕事の研修会で行った公共施設の壁に、

そこの近くにある高校の文化祭の開催を知らせる

ポスターが貼ってありました。

未来に明るい楽しい事が待っている、

そんな希望を感じさせる、洒落た絵と標語が描いてあるポスターで、

未来に向かって走り続ける若者の姿が目に浮かび、

その高校の文化祭に行ってみたくなりました。

ポスターを見ていると、私も高3のこの時期は

文化祭の準備に奔走してかなり忙しかったことが思い出されます。



私は高校に入ってから何もしていませんでした。

毎日学校には行っていましたが、授業はあまり聞かずに

ぼーっと空想に耽っていました。

女の子にモテるかと思ってテニス部に入ったのですが、

毎日の練習が面倒になって、一ヶ月で退部。

友人は何人かいたけど、学校の外で遊ぶほどの仲ではありません。

昼休みは図書館で本を読んで過ごし、

放課後は本屋でマンガを立ち読みして過ごす少年でした。

親にもらった昼飯代を食事につかわずに本を買い、

ずっと本の中の空想の世界で生きていたいと思っていました。

そんな感じで無気力な高校生活を送っていたのですが、

二年生になって少し経つと、生徒会の役員選挙があり

なぜか私がクラスで候補者に推薦されて選挙にでることになりました。

最初はそんなのかったるいなと思っていたけど、

することも無くて暇だし、中学のときも生徒会の役員をやっていたので

またやってみてもいいかなと思い、

各クラスを回って演説をしたり、全校生徒の前でやる

演説会で熱弁をふるったら副生徒会長に当選しました。



生徒会長になったのはテニス部で一緒だった友人なので

もともと仲がよく、選挙期間中も励ましあったりしていたので

二人とも当選した時は、俺たちの生徒会のスタートと言う感じでした。

生徒会合宿があってその他の役員ともすぐに仲良くなり

学校へ行くのもだんだん楽しくなってきました。

生徒会の仕事でみんなが遅くまで学校に残っている時に

夜の学校を探検したり、恋愛話を聞いたりするのはいい刺激でした。

私のほかに、もう一人女性の副会長がいまして、

小柄で優しそうな感じで仲良くなりたかたったので、

デートに誘って一緒に映画を見に行ったことがあります。

どうもそのとき私が調子に乗って何か変なことを言ったようで、

その後彼女は、あまり私と口を利いてくれなくなってしまいました。

私は今でも女性の気持ちがわからない男ですが、

このころはもっとひどい勘違い男だったものですから、

彼女の機嫌を損ねるのも無理はないです。

生徒会のなかで恋愛に成功する人もいました。

生徒会長は会計の女の子に告られてつきあっていたのです。

みんなは気を遣って、二人きりにしてあげたりしていたのですが、

私は正直に申し上げると、付き合ってるふたりがうらやましかったので

二人きりにさせてあげないで、むしろお邪魔虫をしていました。

私はなんて嫌な男なんでしょう、お恥ずかしい。

こういう若気の至りで恥ずかしい事をしたことが沢山あるけれど、

その経験を通過してきて今の自分が成り立っているのだから、

もしかして若いうちに赤っ恥をかくことは、

大人になる為に必要な、儀式みたいなものかもしれないですね。



生徒会の仕事はいろいろあります。

大きなものは生徒総会とか新入生歓迎会、

それ以外にも細かい仕事がいつもありました。

特に文化祭は生徒会の最後の大仕事です。

私は校門にかざるアーチ作りの責任者になったので、

一畳の大きさのベニヤ板を組み合わせ、

角材と釘で打ち付けて、四畳半の大きさのパネルを作成しました。

そのパネルを10枚組み合わせてペンキで絵を描き

アーチ状に組んだ建設作業用の足場に固定します。

最初は、そんなものどうやって作るんだろう?俺にはできない!

と思ったけど顧問の先生の助けや先輩が残した資料があり、

少しずつ形ができていきました。

各クラスからこの作業に割り当てられた生徒が手伝いにきて

みんなで協力しながら作業していました。

手伝ってくれたのはそれまで顔も知らなかった

下級生ばかりだったけど、

同じ目標に向かって作業をしていたのでみんなすぐに仲良くなり、

後輩たちが私を頼って必要としてくれるのが嬉しかったです。

そして私が困っているときは誰かが助けてくれました。

一ヶ月ぐらい毎日放課後に作業をしていて、

シャツやズボンはペンキだらけになったけど、

この一ヶ月が私の高校生活で一番充実していた気がします。

乗り越えられそうに無い高い壁に思えたそのアーチは

文化祭の前日に何とかできあがり、

できたアーチの前でみんなそろって記念写真を撮りました。



二日間の文化祭が終わり、校庭で大きな焚き火が燃やされ、

私は一ヶ月掛けて作ったアーチを感謝しながら火に投げ込みました。

燃えるアーチを見て、生徒会やってよかったなと思い、

感傷的な気持ちでした。

その感情が強すぎたのか、大学浪人していた一年後にも

母校の文化祭の準備を手伝いに行って、

文化祭前日から3日間毎日高校に通いました。

今考えると一学年下の生徒会役員は

きっと目障りな先輩だと思ったことでしょう。

昔の自分は恥ずかしい事ばかりしています。

もしかして、今もその頃とあまり変わってなかったりして・・・・・・




スポンサーサイト
  1. 2009/10/31(土) 00:00:06|
  2. 人間ライフ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。