パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

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重ねた苦杯

同窓会へ行きました。

中学校の学年全体で催すとのことで、

二十二年ぶりで誰に再会できるのか

楽しみに夢想していました。

昔の彼女がいたら何て話しかけよう、

一緒に生徒会やってたあいつはどうなっているのか、

好きだったけど言えなかったあの娘は来るのかな、

そんな具合に胸を躍らせながら居酒屋の暖簾をくぐりました。

しかし、通された座敷にいるのは見覚えの無い男女ばかりでした。

一学年で400人いたのですから、

知り合いではない人の方が多いのかもしれないと考え、

一人で端の席に座ってメニューなど眺めつつ辺りを観察していました。

暫らくして私の周りに三人の男性が座ったのですが、

一人だけ顔に見覚えがある程度でした。

ほぼ今日が初対面の彼等と乾杯して

世間話がはずんだので、

知己には出会わなかったけれど、

まあこれでいいかなと思えてきました。

そんな状況であまりに場が盛り上がらない為か、

強制的自己紹介が急遽行われました。

それを聴いていると、

先ほど知らない人たちだと思ったのは私の間違いで、

二十二年の星霜を重ねたクラスメイトでありました。

私の記憶保管庫には、

十代前半における彼等の肖像があるのみなので、

それに照合しない顔は、

勝手に私の脳が知らない人と判断したようです。

殆どの同級生が、

私の記憶より余分に肉を纏っていましたが、

話し始めればやっぱり懐かしいあいつでした。

酒が廻り始め、皆の緊張もほぐれてくると、

会場は思い思いに席をたち、

クラスや部活が一緒だった同級生と杯を酌み交わす姿で溢れました。

私も無事に同じ九組だった人たちの輪に入り、

昔話に興じつつ、久方の酒に喉を潤していました。

そんな中で、八組にいたK君の葬式の話しが出ました。

K君はヤクザをしていたけど辞めて、

その後借金を苦に自殺したそうです。

学生時代のK君は粋がっていました。

不良が居ない学年だったので、

特に悪さをするわけでもないK君ですが、

なんだか印象深い人でした。

トイレで小便の順番待ちをしてK君の後ろに立っていたら、

「俺の後ろに立つんじゃねえ」と怒鳴られ、

なんでこの人はそんな事に立腹するのか不思議に思いました。

事の理不尽さに不愉快になりましたが、

私は素直に一歩下がりました。

私の記憶にある彼との接点はその位で、

殆ど無関係みたいな仲だったのですが、

ヤクザになったとの噂を耳にしていたので、

もしかしてこの同窓会で会って会話することになるかもしれない、

彼はどんな話を好むのだろう

やっぱり喧嘩とか麻薬なのかな、

などと対応を考えたこともありました。

それが、この場に来ようにも

既に肉体をもっていない、

K君の生き様に思いを馳せると、

杯を干さずには居られない気分でした。

彼はこの世では生き辛かったのでしょう。

いつも何かに攻撃されるのではないかと怯え、

手負いの獣のように

周囲に牙をむかずにはいられなかったのかもしれません。

いつ何処で彼が傷を負ったのかは知る由も無いのですが、

養育された環境に因るところは大きいだろうと思います。

争いと裏切りに疲れたであろうK君は、

どんな思いでこの世との縁を切ったのでしょう。

彼には数十年生きたこの世界がどのように見えていたのでしょう。

今になってみると、

K君の粗暴な振る舞いにも理由があったのだと判ります。

だからあの時トイレで彼に従っておいて良かった、

私も敵の一人にならなくて良かったなと思うのです。

寂しさ、辛さ、不安、

暴力の背後には負の感情が隠れています。

それらをから身を守り、

安心を手に入れる為に暴力をはたらきます。

でも心の傷はそんなことでは癒されてはくれません。

それに気付かず、外れた道をどこまでも行き、

彼は何を求めようとしたのか。

周知の事実であるK君の話題はあっけなく移ろい、

中学生にたち還った同窓会の嬌声は、

圧力を増しながら止め処も無く響いていました。
























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  1. 2011/05/05(木) 00:23:18|
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独り立ち

妻の母が亡くなり、

その夫である義父はかなり気落ちしていました。

しかし妻の遺志を想い、

悲しんでいるだけでは故人も喜ばないだろうと

日に日に快活になってきています。

義父は義母の実家に暮らしているのですが、

そこには義母の弟も同居しています。

言わば叔父なのですが、

彼は結婚もせずに、

すっと老いた母親の面倒を看てきました。

以前は、同じ家に暮らしているのに

義父と叔父の間に会話も無いほど、

二人の間はうまくいっていませんでした。

ところが妻に先だたれてからは、

義父は叔父とも会話をするようになり、

先ごろ「これからも一緒にがんばろう」

と語りかけて叔父を困惑させていたそうです。

義母の死をきっかけに、

二人が仲良くなりお互い成長したとしたら、

これほど義母の供養となることはないでしょう。

だから私はその話を耳にして、

素晴らしく心が温まりました。

ところが娘である妻は義父の改心に懐疑的なのです。

妻は小さな頃から、

気分屋だった義父に振り回され、

苦労していたそうです。

機嫌がいいと思って安心していると、

いつの間にか不機嫌になった義父に

理由もなく拳骨を喰らっていたようなのです。

怒られる根拠や基準がないのですから、

子供にとっては気の休まる父親ではなかったかもしれません。

そんな子供時代の脅えが、

今の妻にも名残を留めています。

だからその疑念も理解はできます。

でも過去に囚われてはいいことがないと思うのです。

以前にそうだったからと言って、

これから義父が素晴らしいお父さんにならないとは限りません。

この世界に変化しないものはないのですから。

人はこの世に生を受けて、

最初に出会った両親に執着をもってしまいがちです。

何も知らないうちから長年養育され、

少なからず愛情を注がれるのですから、

子供からすると絶対的な存在と感じてしまうのでしょう。

しかし親と言えども、それは他人です。

たまたまそこに生まれて育ててもらった大人に過ぎないのです。

親は子が幸せになるよう援助はできますが、

そうなるかどうかは子供の考え次第であり、

それについて親は責任を取ってはくれません。

こうして欲しい、ああして欲しい、

そんな欲求を他人に満たしてもらっても、

心からの満足は得られません。

それは親だけでなく配偶者や子供、

会社、国にもいえることです。

自身の生き様、境涯は、

誰あろう自分しか処理することができません。

自分を幸福にするのは自分、

そうでなくするのも自分。

それなのに他人にできる筈のない、

自分の幸福を要求するのは、

木の上に魚を獲ようとするようなものではないでしょうか。

一人の人間として何にも掴まらずに起立して、

改めて父親を俯瞰できたとき、

妻の脅えた少女は慰められるのでしょう。

いつか義父と義母の娘から卒業し、

晴れて自らの両足で大地に立ったとき、

妻は自ら幸福を掴むのだろうと

私は期待しています。














  1. 2011/04/23(土) 00:09:31|
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面影

妻の母が亡くなりました。

義母は63歳という若さで、

97歳で入院中の彼女の母親を差し置いて、

突然他界してしまいました。

義母はとても愉快で可愛い女性でした。

バーベキューをしていて、

服を着たまま川で泳いだり、

ヒップホップダンスのDVDを見ては、

おぼつかない足取りで髪を振り乱しながら踊るなどは

日常茶飯事でした。

ピンク色の可愛い小物が大好きで、

沢山のハートや苺の形のクッションが居間に並び、

敷物やカーテンなどもまるで少女の部屋のように

可憐なものを選んでいました。

そして末っ子の義弟を可愛がり、

義弟の部屋に勝手に立ち入っては、

掃除をしたり模様替えをする溺愛ぶりでした。

そろそろ彼女と結婚しようかという義弟は

猛烈にうっとうしがりつつも、

なぜか実家を離れるどころか外泊もしませんでした。

元々子供好きの義母は、

産んだ子が大きくなって赤ちゃんが家族にいないと

物足りなくなって五年おきに四人子供を儲けたそうです。

結婚当初、実家を離れる妻を私の家へ連れてでる時、

助手席に座っている妻に向かって

義母が泣き崩れながら手を振っていました。

おかげで私の新婚の門出は湿っぽいものでしたが、

こんなに母に愛されている妻が羨ましくもありました。

妻の姉と妹もそれぞれ家庭を築き、

子供たちが離れていってしまった喪失感が、

義母の精神を蝕んでいたようで、

その後義母は睡眠薬や向精神薬を常用するようになりました。

脈絡もない話やしつこい繰言に周囲のものは辟易していましたが、

いつでも天真爛漫に振る舞い、

他人に迷惑をかけたり子供に煙たがられたりもしましたが、

そんな無邪気な乙女のような義母にあうのが楽しみでした。

だから彼女がとりとめもないお喋りにいつも耳を傾けていました。

義母には両親に愛されていなかった気持ちが強く、

子供が結婚して出て行っただけでも

見捨てられたような気になってしまうのかもしれません。

何十年経ってもその寂しさから抜け出せなかったのでしょう。

そう理解していましたので、

妻にあまり邪険に扱わないよう言っていたのですが、

義母から電話があると

妻はいつも不機嫌に応対していました。

妻が最後に声を聴いた電話で、

義母は泣きながら妻に会いたいと言っていたそうです。

夜、子供を寝かしつける用意をしていると、

妻の携帯が鳴りました。

こんな時間にかけてくるのはきっと義母だろうと思い、

妻にそう言いました。

でも、妻の「嘘でしょ」との切羽詰った声が、

私の予想が外れたことを知らせました。

うそ、やだよ、と際限なく繰り返し、

携帯を持つ妻の手が激しく震えました。

義母が入浴中なのに物音がしないので、

義父が様子を窺うと、

浴槽の底に義母は沈んでいたそうです。

夢中でお湯から引き上げたけども、

すでに心肺が停止していたようです。

電話を終えると妻の嗚咽はたかまりました。

私の腕の中で、苦しそうに

「やだよう、ママが死んだらやだよう」

と号泣が続きました。

妻を取り巻いていた息子達も釣られて泣きだし、

私はただ、強く妻の肩を抱いていただけでした。

結婚して以来、ほんの八年の付き合いでしたが、

義母が優しく私を庇ってくれたことが何度かありました。

私は子供のころ責められることが多く、

常に自分の行動の結果に責任を負って生きてきたので、

妻子や妻の親族の前なのに、

優しくされた感激のあまり大泣きした夜は今も忘れられません。

もっと義母に頼られたいと思って、

いろいろ世話を焼こうとしたのですが

私のことは娘の旦那とわきまえているのでしょうか、

あまり私に手放しで甘えてはくれませんでした。

私は私なりに義母を愛しました。

だから後悔はありません。

しかし妻には心残りが無数にあるようです。

私は義母が好きでした。

だから彼女から奪った娘である妻を、

義母が欲して得られなかった分も上乗せして愛しぬく、

そう私は決意しました。





  1. 2011/04/19(火) 00:10:05|
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苔のむすまで

この度の震災被害に遭われたすべての方に、

心よりお見舞い申し上げます。

未だ危難の去っていない被災地域で、

懸命の救助活動にあたっている皆様を報道で拝見し、

その尊い姿に胸を熱くさせられます。

家族の名前を叫びながら

瓦礫の中を彷徨する無精ひげのお父さん、

津波や余震に脅かされながらも、

一つでも多く命の灯火を発見するのに

血眼な公的機関の方々、

決死隊の如く放射能に対峙しているだろう

原子力発電所の作業員の方々。

それらを目の当たりにして、

自分の微力をもどうにか被災者のために役立てたい、

現場に駆けつけ命を投げ打ってでも

涙を流すお母さんや幼児に笑顔を取り戻してあげたい、

そう歯軋りしている人が

全国にたくさんいらっしゃることでしょう。

私は以前から、

日本はどうしてこんなに素晴らしい国なのだろう

と考えていました。

そしてその疑問について一つの仮説に思い至りました。

無個性だと批判されることもありますが、

皆が足並みをそろえて一体となって行動し、

他人の表情だけで気持ちを読み取ることができる

精神の通じ合い、

言い換えれば他人と融合できる人間愛が日本にはあります。

日本列島は複数のプレートが組みあわされてできています。

それらが常時おしくらまんじゅうをしているのですから、

日本には膨大なエネルギーが発生しているはずです。

そしてそのエネルギーは電磁力や重力波となり

この島国を覆っているかもしれません。

だから日本は高エネルギーの国だと思うのです。

そのエネルギーによって日本人は

何につけ意識が高い国民なのだろうと私は考えました。

それに加え、

プレートの力による津波や地震によって度々引き起こされる災害も

太古から日本を磨き続けてきたのではないでしょうか。

物理の時間に習ったエネルギー保存則

という法則をご存知かと思います。

位置エネルギーが運動エネルギーに変わり、

運動エネルギーが熱エネルギーに変わるというあれです。

エネルギーの状態が変化したとしても。、

その力は失われたのではなく、

別の形に姿を変えた同じ力なのです。

今回、プレートの運動エネルギーが津波を生じさせ、

多くの方々が亡くなられました。

プレートのエネルギーは消滅したわけではありません。

津波を伝って我々人間の元にやってきました。

そしてそれは愛のエネルギーに変わったのです。

大切な家族を恋い慕う気持ち、

隣人、同郷の人を思い遣る気持ち、

それまで存在すら知らなかった被災者を

どうにかして救いたい日本国民の共通意識、

きっとそういったものに変換されていったのだと思います。

地震によって頻繁に発生する災害は、

昔から日本を教化し高めて来たに違いありません。

だからどうか俯かないでください。

胸を張り、輝かしい日本の未来を想ってください。

この苦難を乗り越え、

日本が大いに成長した暁には、

きっと皆がこの震災に感謝することでしょう。

犠牲者、被災者の方々は、

日本が長い閉塞を打ち破り、

次のステップへ雄飛するための

崇高な礎となられたのです。

ですから我々はそれを胸に刻み、

彼等の献身を最大限に生かさなければなりません。

恐怖に駆られ軽挙妄動しては、

身を挺した彼等を貶めることに繋がります。

災害に遭われた方を思い遣るなら、

我々も遠く離れたこの地でできる限り踏ん張りましょう。

必ず事態は拓けます。

成長するチャンスを与えられたことに感謝し、

眼差しを高く保って前方を見据え、

共に歩み続けてゆこうではありませんか。


  1. 2011/03/14(月) 15:09:33|
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胎児退行

秋に妻が妊娠して以来、

彼女の主だった経穴を指圧するのが夜の日課になっています。

薬が飲めない妊婦だったので、

妻の体調不良を少しでも和らげようと私はツボの研究をしました。

妊婦でなくなった今でも

これからの妻の健康のために押し続けています。

目の周りを押している時、

「お肌がしっとりしていて皺もないね」

と私が褒めると、

「皺があってもいいでしょ、年とれば誰でもできるんだから」

と妻は美しさを失った時のために

今から予防線を張っていました。

私が、今現在綺麗なこと楽しめばよいではないかと思い

「マイナス思考だねえ」と切り返したら、

たちまち妻の眉間にはたて皺がよってしまいました。

過去や未来を想い煩わず、

現在を楽しみ感謝と愛情に溢れた気持ちでいる、

それが幸せの近道だと誰でも知っています。

テレビや漫画でもよくでてくる構成なので、

もちろん妻も熟知している筈です。

では何故そのように行動できないのでしょう。

それは恐怖心が邪魔をしているのです。

もし肌が衰えてしまったら、

夫に見限られるかもしれない。

当然自分自身も美しさを失うのは辛い。

そんな恐怖が湧いてきて、

現実を慈しむどころではありません。

このような思考態度は全く人生の損です。

自分は常にその状況でベストの状態であり、

時間が経過すればさらに向上してゆくと

自らを信じる必要があるのではないでしょうか。

厳寒の夜、子宮で胎児が成長していない、

と妻に告げられました。

恐らく流産するだろう、と医師が

あれこれ丁寧に指導してくれたそうです。

「どうせ流れるなら早く出てきてよ」

それも、様々な恐怖が入り混じり、

妻に吐かせたセリフだったのでしょう。

私は、きっと胎児が少しサボっているだけで

健康で美しい女の子が生まれてくるはずだと信じ、

それまで以上に妻の体を慮り、

愛情の限りをその子宮に注ぎ込みました。

しばらく経ち出血が始まって一週間ほど治まらず、

救急車で病院に担ぎこまれる事態になり、

堕胎手術をする直前に、ようやく私は

子宮に眠っているであろう娘の誕生を諦めました。

このような経験には様々な見方があろうかと思います。

見ようによっては、

三ヶ月の尽力は全て無駄であったから

時間と労力を返してくれ、

と考えることもできるのかもしれません。

生まれてくるはずの娘が子宮から掻き出されてしまい、

自らの身を切られるように辛いと思うこともあるでしょう。

私は率直にあの胎児に感謝でいっぱいです。

妻に尽くす喜び、

卒なく家事をこなす苦心、

健康な二人の男児を持つ有難味、

それ以外にも沢山のことを教えられました。

私も妻も、この三ヶ月でかなり成長できた気がします。

だから短い間だったけれども、

あの子に出会えて大変幸運だったと思うのです。

真の凶事など無いのです。

それは人の考えの中にしかありません。

それは恐怖心が育んだ幻なのです。

何事も多様な面があり、

見方を変えるだけで吉凶は簡単に裏返せます。

だから自分を貶めたり諦めたりする必要はないのです。

恐れを脱ぎ去り、赤子のように裸になれた時、

きっと愛に満ちた自分を楽しめるようになっているでしょう。







  1. 2011/03/09(水) 00:11:26|
  2. 人間ライフ
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