パパ読ンデ

光を越え、事象の地平面で逢いましょう

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生体ジャイロ

長男はおばあちゃんに買ってもらった

キックボードがお気に入りです。

冬の名残の北風が吹きぬける公園で、

それを練習しに行きました。

あまり外で体を動かして遊びたがらない長男が、

自らそう言い出したので、

私にとっては是も非もありません。

直ぐに車にキックボードとその乗り手を押し込み、

意気揚々と公園へ向かいました。

買って貰ったばかりのキックボードのハンドルを握り、

長男は屁っ放り腰で一蹴り一メートルほど進んでは、

すぐに足を着いて顔を綻ばせています。

私も長男に拝借して乗ってみたのですが、

ちょっと地面を蹴るだけで

滑るように地面を移動できるので、

子供が面白がらない筈はありません。

私が夢中で公園を一周したら、

待っていた長男に取り上げられてしまいました。

そして私のライディングに触発されたのか、

長男は両足を揃えて乗れる様に練習を始めたのです。

でも思うようには行かず、

すぐにハンドルが左右にぶれて転倒してしまいます。

怖がるからバランスがとれないんだろうと思い、

それを指摘しました。

しかし、後ろに突き出した尻はそのまま、

直径十センチの二つのタイヤに身をゆだね、

長男は転んでは地面に這い蹲ります。

その度に、べそをかいて涙目で私を見上げていました。

痛い目に遭いたくなければもう乗らなければいいのに、

一体何が、彼に再びハンドルを掴ませてしまうのでしょう。

人間はバランスを崩すことで前進します。

何もしないでいる状態は安定していますが、

そんなのはつまらないし、安全・安心ではありません。

私たちは二本の足で立っていれば転倒はしないでしょう。

踵を上げて一本足で立つと、重心が不安定になります。

しかしその不安定がもう片方の足を一歩踏み出させ、

人間は歩く事ができるのです。

このように、バランスを崩し何かを失いながら、

それを巧みに乗りこなしつつ我々は活動しています。

我々を構成している細胞にあるDNAは、

常に放射線や活性酸素に侵され傷ついています。

傷ついた部分は修復され、

あるいは細胞ごと破棄され、

体は活発に代謝を繰りかえしているのです。

だから、現状を固持したい何も変えたくない、

そんな細胞ばかりが体にあったら、

生物が生きてゆく事は困難でしょう。

危機に際して臨機応変に対応してきたからこそ、

今日の人類は発展してきました。

だから私は、安定を求める人生など、

長男には送って欲しくありません。

傷つき、血を滲ませながら、

倒れても倒れても立ち上がる。

その蓄積が飽和点に達すると

いつか不安定さを乗りこなし、

どんな足場にあっても真っ直ぐに身を置ける筈です。

それが自信であり安心に繋がると私は考えます。

だから私は半泣きの長男を置き去りにして、

足早にその場を後にしました。

背中越しに私を引き止める声が小さくなってゆき、

後ろ髪を引かれる思いで歩きました。

それが必ず彼の幸せに通じていると自分に言い聞かせながら。











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  1. 2011/04/05(火) 00:05:37|
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雪の要塞

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先日降った雪を庭の隅に集めてみたら、

雪の小山が出来上がり、

それを見ていたらむらむらと

カマクラにしたくて仕方なくなりました。

この数年まともに雪が積もることがなかったので、

この週末は息子たちと毎日ソリ遊びをしていたのですが、

カマクラはまだ作っていませんでした。

スコップを振り上げ、

雪を掘ったり叩いたりして、

二時間ほど創作活動を楽しみました。

すると次男がやってきて、

窓をつけようと壁に小さなシャベルで穴を開け始め、

三十センチの厚みの雪壁に

苦心惨憺しながら窓を完成させていました。

二人で協働したカマクラに、

防水の敷物を敷いて寝転ぶと、

天井は陽光を仄かに透かして、

緑白色に光っていました。

私が体を小さく丸めて寝そべり、

次男は膝を抱えて腰を下ろすと、

カマクラはもう身動きがとれません。

そんな小さな構造物でも、

自分の腕で作り上げたとなると、

冷たい床が作業で火照った肉体に心地よく感じられます。

保育園に通っていた時に、

やはり私はカマクラを作りました。

夜から牡丹雪の降り続いた日曜日の朝、

外へ出てみると見慣れた風景は姿を消し、

白で埋めつくされた異世界のようでした。

五歳の私は冒険心の赴くままに防寒靴を履き、

まっさらな世界へ足を踏み入れました。

浮かれて歩き続けてゆくと、

いつの間にか通っている保育園に辿り着いたのです。

私はここぞとばかりに、

普段は他の子でごったがえしている園庭を

雪を蹴散らし走り回り、

思いもかけない独占に陶酔していました。

しかし次第に、

ここに居るのは自分だけで

誰も独占している事実を知らないのが物足りなくなり、

自分の存在証明、記念碑的なものを

保育園の園庭に残したくなってきたのです。

そこで私は雪玉を転がして雪をかき集め、

カマクラ作りに取り掛かりました。

膨らんでゆく雪玉を体を預けて押し、

それをズリあげて積み重ねてゆく作業は

五歳の幼児には楽ではなかったでしょう。

でも、それをも忘れさせる自己顕示欲の強さと、

オーバーワークで溢れる脳内麻薬が、

私をカマクラ建設へと突き動かしていたのかもしれません。

完成したカマクラは立派だった気がします。

だからその中にいれば、

保育園の独裁者のような気分がしたことでしょう。

自らの手による居城に満足し、

ご満悦で帰路に着いた覚えがあります。

しかし私の独裁も長くは続かず、

次の月曜日には、

多数の園児によってそのシンボルは破壊されました。

悔しさはありましたが、

私は黙ってそれを見ていました。

構造物は壊されても、

あれを一人で作り上げた誇りは、

誰にも手出しができません。

それだけが私を支えていた気がします。

夕方、長男が下校し、

早速カマクラを発見すると、

まるで炬燵をみつけた猫のように、

カバンを放り投げて当然の如くカマクラへ

入り込んで行きました。

夜には兄弟でカマクラの中に遊び、

蝋燭を燈してやると大喜びでした。

狭い遊び場ですが、

夢中の子供にはあまり気にならないようです。

そんな息子達の様子を眺めていると、

あの時のカマクラは、

子供心に大きなものだった気がしていたが、

自分一人ほんの手足が伸ばせるだけの、

脆い雪の要塞だったのかもしれないなと思いました。


  1. 2011/02/16(水) 23:44:27|
  2. こども
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北風吹かれ

頼りなく照らす陽光と

容赦のない寒風に晒された広場で、

赤い頬をした息子が走る。

遠のいてゆく友の背を追って吐く息は白く長い。

一際小さな体の足取りも、

歳月の経過とともに確かに力強く。

埋まらぬ友との差を、

感じぬ筈はあるまいに、

それでも笑みをたたえて走る息子。

君は事象が積み重ねた産物、

この刹那が出生来の極致。

細い肩越しにこの六年半を覗かせている。

何処へ駆けてゆくのか、

それは問わずにおこう。

何れの道を行こうとも、

それは高みへと続くだけ。

君はただ歩を進めればいい。

誕生からこれまでの歩みは、

全てが君の、

私の糧。

血となり肉となり溶け込んでいる。

だから後ろを振りかえる必要はない。

父にかまうこともない。

その柔らかな踵を前へ振り出せ。

それだけが父の願い。

さらば幼き息子、

後にしてきた永遠の瞬間達よ。
  1. 2011/01/09(日) 16:36:24|
  2. こども
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神秘の贈り物

クリスマスの朝、

長男は枕元に置いてあったプレゼントの包みに気がついて

その大きさに興奮していました。

まだ薄暗いというのに隣で長男が騒ぎ、

目が覚めた私が

そのはしゃぎっぷりにほくそ笑んでいると、

まだ寝ている次男の頭をかすめるように

長男はプレゼントを抱えて居間へ駆けてゆきました。

見ていた妻によれば、

マスターグレードのガンプラが二つ包み紙の中からでてくると、

長男は飛び跳ねながらプラモの箱に頬ずりをしていたそうです。

そしてサンタさんに非常に感謝していたらしいです。

私が子供のころは、

サンタが架空の人物であると

物心ついたときから兄に教え込まれていたので、

クリスマスは親にプレゼントがもらえる日でした。

長男の様子を毎年みていると、

やっぱりサンタさんに貰ったプレゼントは、

親からの贈り物より神聖な雰囲気があって

また格別なんだろうなという気がします。

もちろん、プラモデルを買ってきて

寝ている子供の枕元にこっそり置いたのは私です。

でも、父よりも外国の奇特なおじいさんが

プレゼントをくれている方が、

世の中に対していいイメージを持てそうですよね。

だからサンタさんを信じるって素晴らしいと思うのです。

生きてゆく上で大切な信じる力を、

クリスマスが小さな頃から育んでいる気がします。

騙される、裏切られるんじゃないかと

いつも他人を疑っていれば、

ずっと底なし沼で泳いでいるみたいな

つまらない人生しか送れません。

自分を信じ、世の中を信じ、未来を信じることなくして、

人は前進することができない筈です。

だから、輝かしい未来を目指す子供に

他人を疑う事ばかり教えずに、

サンタさんのように生き様だけで

信じてみたくなる大人になりたいものです。


  1. 2010/12/26(日) 23:13:21|
  2. こども
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三歳の懐古

夜、子供たちを寝かしつける時間に、

次男がご機嫌ななめでした。

パジャマを用意して、

着替えするところを見守っていた時です。

まだ起きて遊んでいたいのに、

もう寝なさいと言われ、

次男は眠気で重くなった瞼で私を睨んでいました。

「もう、パパがうるさくいうから、

赤ちゃんでいられなくなっちゃったよ!

赤ちゃんでいたかったのに。

兄いの赤ちゃんの写真はあるのに、僕の写真が無い」

写真とは、長男が生後六ヶ月位のときに

妻と私と三人で写真屋さんで撮ってもらったもののことで、

いつもそれを見ては「この赤ちゃんが兄いだよ」

と父にむかって親切に教えてくれていました。

彼のイチャモンに隠れた欲求が表れたように思い、

私は次男を抱き寄せて謝罪しました。

そして、赤ちゃんでいたかったのか、

と問うと次男は頷き、

お兄ちゃんになりたくなかったのか、

と問うと目を伏せて僅かに首を縦に振りました。

いくら体の発達が早いとはいえ、

三歳半の世界は、まだ赤ちゃんと地続きのようでした。

そう言われてみると、長男に比べて、

我が家には次男の写真が少ないと気がつき、

次男が生後六ヶ月くらいの、

ぽっちゃりした丸い顔で思い切り笑っている写真を

プリンターで印刷しました。

これ誰だ? と次男に写真を渡すと、

すぐに自分だと気がついたようで、

はしゃぎながら写真を握り締めていました。

可愛い赤ちゃんだね、と私が言うと、

写真に写っている表情と

そっくりに笑っていたのがとても印象的でした。

その写真の頃はまだ座る事もできないで、

そうやって笑いながら手足をバタバタしてたんだよ、

と教えると、床に仰向けに転がって、

次男は甘え声をだして手足で床を打ち鳴らしていました。

この年頃の幼児はきっと、過去を振り返りながら、

成長の階段を上っているのではないかと私は感じました。

母の密接な庇護から離れてからも、

幼児は何度も何度も、確信が持てるようになるまで、

人生の基礎を反復しているように思えてなりません。

そして、心行くまで赤ちゃんを遣り終えた時、

本当の乳離れが完了するような気がします。

そうすると、未練なく過去を手放すことが出来、

未来だけを見つめて歩んで行ける、

自立した人間になれるのではないでしょうか。

子供を追い立てて、発達過程を早くやっつけてしまいたい、

親の都合からはそんな気持ちもあります。

でも、幼児に後戻りを許さず、

這えば立て立てば歩けの親心を押し付けては、

赤ちゃんのように無条件に甘えることに未練が残り、

いつまで経っても誰かに甘えたい人間に

なってしまう気がするのです。

私は赤ちゃん返りした次男を横抱きにして、

揺らしながら「可愛い赤ちゃん」と呼びかけました。

すると「赤ちゃんじゃない、これお兄ちゃん」

と次男は身を捩って私の腕からすり抜けてゆきました。

今までに幾度も次男とこんな遣り取りをしましたが、

次男の眼差しに、この小芝居を楽しめるのも

あと僅かなのかもしれない予感がして、

私は三人目の子供が欲しくなりました。








  1. 2010/11/15(月) 23:58:16|
  2. こども
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